2014年5月3日土曜日

「うさぎとかめ」のかめは何ガメか


 イソップ物語の「うさぎとかめ」と言えば日本でもなじみのあるストーリーで、自分でも昔読んだ本の白兎とミドリガメみたいなのが競争している挿絵がパっと頭に思い浮かびますが、あの話の原題は本当は「The Tortoise and the Hare(リクガメとノウサギ)」なんだということを、先日、ボランティア先の動物園に来ていた親子の会話から知りました。ミドリガメだとばかり思っていた主役のカメは、実はリクガメだったんですね。それで、作者のイソップは確かヨーロッパ人だったと思い当たり、リクガメが身近なヨーロッパということでなんだルーマニアの話かと脊髄反射的に考えていました。以前、故あってルーマニアや旧ユーゴスラビア圏の人々とほぼ生活を共にしていた時に、彼らのする話の流れから「ルーマニアの田舎の方へ行くとリクガメがバスケットいっぱいにとれる」という、変な思い込みをしてしまったためかもしれません(実際にはそんなにホイホイと獲れるようなものではないということは、加藤英明さんの「世界ぐるっと爬虫類探しの旅」を読んで知った)。ともあれ、帰宅してからも「あのカメはいったい何ガメだったのか」と非常に気になりだし、調べてみたら、作者のイソップはギリシャ人だったことが分かりました。ということは、うさぎと競争したカメのモデルはチチュウカイリクガメの仲間で、具体的には、ギリシャリクガメのうちのどれかかか、ヘルマンか、マルギナータリクガメだった可能性が高そうです。

1703年のイギリスのイソップ物語の挿絵(Francis Barlow)。カメはヌマガメのように見える。
でも、このタイプのカメが長距離の「かけっこ」でウサギを負かすというのは
どう贔屓目にみても無理があると、子供の頃思っていた。

 さらに、英語版ウィキの「イソップ(以下アイソーポス)の生涯」におもしろいことが書かれていました。曰く、アイソーポスはギリシャ人だったが、実は生粋のギリシャ人ではなく、もとは奴隷だったらしい。しかし話の面白いおっさんだったため解放され、晴れてギリシア市民に格上げされたという経緯の持ち主だったようです。奴隷だったということは、どこか別の場所で青少年時代を過ごしていて、そこで土着のリクガメに親しんだ可能性もある。読み進めていくとこのアイソーポスがもともと生まれ育った地域というのが、主に二説あり、「メセンブリア」か「フリギア」という地方のどちらかだと考えられているそうです。メセンブリアはバルカン半島周辺の地域で現在のブルガリアにあたる。フリギアは海峡をまたいで今のトルコの主に内陸地方で、このふたつはどちらも黒海沿岸の地域です(ルーマニア、当たらずとも遠からず!)。ゆえに、もしもアイソーポスが主に幼少年期の体験をもとに「うさぎとかめ」を作りあげていた場合、それらのカメは特にイベラギリシャリクガメか、またはヒガシヘルマンリクガメの可能性が高いということになります。アイソーポスは紀元前7世紀頃に生まれたと考えられているそうですから、今から2500年以上の昔、ブルガリアのある町はずれでポクポクと歩いていたリクガメを見てなんとなく親しみを感じていた子供が、のちに数々の寓話を生み出すことになったのかもしれません。寓話は、同じ文化圏の人なら誰でも知ってるような題材や生き物をもとにして作られるので、つまり当時のギリシャとか黒海沿岸の人々にとってリクガメは、多分今よりもっとずっとありふれた「原野の隣人」のような存在だったんだろうなと、想像します。